もっと真田丸、真田太平記 25 関ケ原の戦いの前夜
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2016/08/28
関ケ原の戦い前夜
慶長5年9月14日、家康は赤坂に布陣します。
その頃上田城では、真田に帰り着いた忍び・東次が昌幸に又五郎たちのことを報告。又五郎たちは家康の首を狙っていること、皆死ぬ覚悟で動いていること。佐助を案じる佐平次、又五郎やお江を案じる幸村。徳川軍に包囲されていては、自分に出来ることは何もない、歯痒いと嘆く昌幸。自分の手が届かぬところで真田の命運が決まっていくと。

画像参照:土曜日の美女たち
長良川に仮の橋がかかり、徳川本隊が渡り始めます。家康の侍女に身をやつしたお江は小走りになり家康に長爪を投げかけますが、際どいところで討ち損じ、負傷して川に飛び込みます。
赤坂の陣所近くでは家康を迎える浅野軍が待機、福島軍も加わります。家康の乗る輿が近付いてくると、福島軍が刀を抜いて家康に斬りかかります。彼らは真田の忍びたち、この乱闘で家康を討った喜びも束の間、影武者だったことが判明します。その頃家康は騎馬武将に変装し、無事に陣にたどり着いていました。

画像参照:土曜日の美女たち
三成を囲んで西軍は赤坂に夜討ちをかけようと進言しますが、またしてもその進言は一蹴されます。大谷刑部も決断を促しますが、そこに飛び込んで来たのは「家康は明日、佐和山へ動く」との報せ。これは徳川によって放たれた流言で、三成を大垣城から誘い出すためのトラップでした。東軍に大坂に入られるのを阻止するため、西軍は夜の内に関ヶ原に布陣することになります。
一方、家康は桃配山の裾野へ布陣。未だ到着しない秀忠軍を待つべきだと進言する本田忠勝に対して、到着したばかりの兵は疲れていて使い物にならないとダメ出し。
その頃西軍・吉川隊には徳川の使者が訪問、小早川の陣には徳川家臣が入り込みます。
又五郎は大谷刑部の陣を訪れ、上田の働きによって秀忠軍は間に合わないこと、家康の首を狙ったが影武者だったことを報告。黙って聞いていた大谷刑部は「戦は西軍の内にもあってな」と呟きます。「毛利と小早川の動きが鍵となるであろう」と。又五郎は自分たち忍びは、今は上田の指示ではなく自分たちの裁量で動いていると説明、何としても家康の首を狙うと断じます。それを聞いた大谷刑部は盃を勧め、「命は捨つるなよ」と語りかけます。
上田では、角兵衛を巡って静かな騒動が持ち上がっていました。角兵衛が人目を避けて城から出たこと、砥石城に向かったと心配そうな東次。よもや信幸を襲うつもりではと砥石城に向かいます。

画像参照:土曜日の美女たち
砥石城では角兵衛が入れろと騒いでいると信幸に報せ。「会おう」と向かう信幸を引き留めて東次が間に合い、角兵衛は先の上田合戦では本家の一員として戦ったこと、決して城に入れてはなりませぬと進言します。父・昌幸や幸村の様子を尋ねる信幸に、悲しそうにうつむく東次。敵軍に城内の様子を報せるはずがないなと受け止める信幸。
角兵衛と面談中に、斬りかかってきた角兵衛を組み伏せる信幸。「儂一人の命を狙ったとて、天下の行方は変わらない。お主には本家で父上や弟の力になってもらわねばならぬ」と言い渡す信幸、泣き崩れる角兵衛。

画像参照:土曜日の美女たち
その頃上田では眠れぬ幸村や佐平次が櫓に上って、佐助や又五郎、お江の身を案じています。そこに同じく眠れない昌幸も加わりますが、昌幸は「胸騒ぎがしてならぬ」と不吉なひと言。
いよいよ関ヶ原、今回はその前夜を丁寧に描いています。長良川で傷を負ったお江は佐助が守る忍び小屋で養生中、又五郎と大谷刑部のくだりも切々とした情感が漂っています。川に落ちたお江に猫田与助が「死ぬな、お江」と呟くのは、お江を仕留めるのは自分だけだという現れでしょうし、信幸と東次のシーンも心打たれるものでした。
ラストシーンでは笹尾山に陣を敷いた石田三成が島左近に心の内を語る場面がありますが、もう個人の力ではどうにも出来ないところまで、事態は動いてしまっている。その中で、悩んだり足掻いてみたりする人間の姿が胸を打ち、目を釘付けにするのでしょう。次は関ヶ原、心してかからねばなりません。
土曜日の美女たち
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