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もっと真田丸、真田太平記 28回 真田親子、高野山へ

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      2016/08/28


もっと真田丸、真田太平記 28

 

上田城を受け取りに来た伊豆守・信幸、迎える昌幸・幸村親子。又五郎の死辺りから涙含みになってしまう我が身が辛い。信幸の岳父である本田忠勝や信幸の骨折りの礼を述べ、上田を引き継ぐのが伊豆守と知って安堵したと告げる昌幸。昌幸は三十郎を託し、幸村は佐平次を信幸に託します。

 

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画像参照:土曜日の美女たち

 

その時、信幸が「父上にお願いの儀あり」と伏し、「信幸」という氏名を改めたいと申し出ます。真田の血を引く者としての「信幸」から「信之」へ。淋しくないわけはないのでしょうが、徳川家に対して外聞が良くないことも理解している昌幸、「分かっておるぞ、豆州」と頷きます。信之は「3年辛抱なされませ、徳川に決して隙を見せませぬように」と再度念を押します。

 

信之は母・山手殿、その妹・久野を訪ね、別れを惜しみます。一方、幸村は佐平次宅を訪問。盃を交わします。佐平次は高野山へ連れて行かないことを告げ、兄・信之に仕えるよう諭す幸村。抗議する佐平次に静かに語りかける幸村。「これ以上、もよや家族と引き離すわけにはいかぬ。その代わり佐助をくれぬか」。哀しそうな佐平次は、これ以上抗議することは出来ません。

 

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画像参照:土曜日の美女たち

 

その晩、お江が幸村の元を訪ねます。お江の無事を喜ぶ幸村。又五郎たちが死んでしまったことに触れ、「せめてそなただけは生き続けてくれ」。お江は印判屋として忍びたちが生計を立てていることを告げ、きっぱりと語ります。「扶持や金銀を頂かなくとも、我らは終生真田の忍び。必ず高野山にも現れましょう」

 

明日は出立というその夜、幸村は信之と同じ空を見上げています。「これで天下も平穏に過ぎて行きましょうか」。昌幸に念を押したのと同様、幸村にも言葉を重ねる信之。「決して動くでないぞ、時を待て」そして山手殿や昌幸を頼むと告げる信之。翌早朝、昌幸一行は高野山に向けて旅立つのでした。

 

慶長6年春、上田に落ち着いた信之の元を滝川三九郎が訪れます。傍らには美しい菊も同行、菊を預かってくれた礼を述べ上田に落ち着くことを勧める信之に、「菊を妻とした」ことを告げる三九郎。結婚の許しを乞う三九郎に「ならん!」「けしからん!」を連発する信之。小松殿が割って入り、菊のダメ押し的ひと言「私は三九郎様の側にて、幸せにござりまする」。信之夫婦の仲人で、若い2人の祝言が執り行われます。

 

菊と三九郎の件は九度山の昌幸たちにも報され、喜びをもたらします。九度山では角兵衛は畑にいそしみ、佐助は村人たちの鋤や鍬などの手入れをし、野菜や米などを手に入れています。九度山に同行した幸村の正室・於利世は父・大谷刑部のために幸村が西軍に加担したのではと気を揉みますが、「全て自らの考えにて行ったこと」と労ります。

 

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画像参照:土曜日の美女たち

 

その頃身内である山中匠を失った山中大和守は、甲賀忍びの後継者として伴長信を重五郎、猫田与助に紹介、「戦の目など、いくらでも作れるものじゃ」と不気味なひと言。

 

その徳川家康は京を訪れ、高台院(北政所)を通して秀頼を呼び出しますが、淀の猛反対に為す術がありません。「これ以上申さば、わらわは死ぬるぞ」という言葉に片桐且元は引き下がりますが、それは家康も予測していたこと。不穏な言動を耳にする加藤清正、福島正則の動向に注意を払うことになります。

 

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画像参照:土曜日の美女たち

 

家康と共に上洛している信之の伏見・真田屋敷を訪れた本田忠勝は、秀忠公が将軍家を継いだからには昌幸親子のことは諦めるしかないと頭を下げます。その頃、鈴木右近が京で佐助を見たことを信之に告げ、不穏な気配が漂います。

 

大きなイベントがあるわけでもないのに、切々と胸打たれるのは何でしょう。哀感が物語の底流をずっと流れているような、それを心が察していて、ずっと涙腺を優しく刺激され続けているような。悲しい話ばかりではなく、九度山を訪ねてきた昌幸の馴染みの女性のエピソードも盛り込まれ、笑いどころもあるにはあるのです。けれども当事者たちの胸中を思うと泣けてくるんですよ。

 

ちなみに今回初登場の淀殿は岡田茉莉子さんが、片桐且元は山本耕一さんが演じています。チラッと登場した信之の家臣、馬場彦四郎にも要注意ですよ!

 

土曜日の美女たち

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