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もっと真田丸、真田太平記 30回 本田忠勝の死

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      2016/08/28


もっと真田丸、真田太平記 30

 

岳父・本田忠勝重篤の報せを受けた伊豆守・信之は、お忍びで江戸の本田邸を訪ねます。勝手に上田を離れたことを叱る忠勝。そして遺言と思うて聞いてくれと言葉を継ぎ、「九度山の安房守、左衛門佐殿の赦免は諦めてくれ。実の親が死んだと聞いても、自らは決して動いてはならぬ。儂が死んでも来るには及ばず」。

 

ep3001
画像参照:土曜日の美女たち

 

その頃駿府城では、家康と本多正信たちが上洛の打ち合わせ中。豊臣恩顧の大名として警戒しなければならないのは加藤清正、浅野幸長であると談合中、本田忠勝他界が伝えられます。呆然と受け止める家康。本多正信により忠勝の死、家康の悲しみぶりを聞いた将軍・秀忠は「後ろ盾であった本田忠勝を失うて、伊豆殿は苦労じゃな」とひと言。

 

上田にも忠勝の死が報され、地炉の間で一人忠勝の思い出に浸る信之。

 

その頃、京の高台院邸ではひと騒ぎ。門の外で行き倒れていた老人が担ぎ込まれ、身寄りがないのであればと、面倒をみることになります。実はこの老人は真田の忍び・小助で高台院邸にまんまと入り込んだのでした。

 

ep3002
画像参照:土曜日の美女たち

 

慶長16年1月、加藤清正が高台院邸を訪ねて来ます。この春の家康上洛の件で、今度こそ秀頼公には出て来てもらわねばならない。今や大御所・家康の力は強大で確固としたもの、万が一にも手切れがあってはならない。高台院と清正の認識は一致。問題は淀殿。加藤清正はもしも家康が秀頼公を攻めるようなことあれば熊本城に秀頼公を迎え、家康と戦う覚悟であると断言します。

 

この件は小助から真田の忍びたちにも報されますが、真田が再び世に出るためには手切れの方が望ましい。お江と弥五兵衛のみ、隠密で再度家康の首を狙うことを決意します。

 

ep3003
画像参照:土曜日の美女たち

 

九度山の昌幸は小健状態、見守る幸村にお江が忍び小屋でお目にかかりたいとの報せ。幸村は後事を角兵衛に託して、忍び小屋に赴きます。お江と顔を合わせた幸村は、お江の様子がおかしいことに気づき、問い詰めます。「左衛門佐様を紀州の山の中に埋もれさせてはならぬ」、「お会いするのも本日限りかと」言葉を濁すお江。

 

言わなければ、この後真田の家の者とは思わぬとの幸村の言葉に、お江は「再び家康の首を狙う」ことを話します。即座に「ならぬ!」と幸村。「家康を狙うは戦場にてのことじゃ。家康の首が欲しいのではない、戦で真田の名を上ぐるが本願。間違ごうてはならぬ」「しかし戦が起こらぬ時は、左衛門佐様は生涯九度山にて…」食い下がるお江。「今家康を狙えば、上田に罪が及ぶのだ」静かな幸村の口調に、家康暗殺を断念するお江。

 

その頃伏見の浅野屋敷では、加藤清正と浅野幸長がどうやって秀頼公に渡りをつけるか思案中です。淀殿経由では、間違いなく江戸と大坂は手切れになってしまうことは確実。その時浅野幸長が、昔浅野の忍びを大坂に送り込んだことを思い出します。

 

さて小健を保っていた昌幸、幸村の留守中に庭に出たいと歩き出しますが、昏倒。危篤状態に陥ります。その報せは鈴木右近経由で上田にも伝えられますが、信之は動くことがかないません。上田に徳川(将軍家)の忍びがいると発覚した直後でもあり、じっと堪えるしかない信之。

 

岳父・本田忠勝の死、実の父・昌幸の危篤と、大切な人の最期に立ち会うことも許されない信之の苦悩が胸を締め付ける回です。小松殿が「お忍びで訪ねられては」と切羽詰まって口にしますが、上田に入り込んでいる将軍家の忍びの件もあり、文字通り何も出来ない信之。苦悩を抑えた渡瀬恒彦の演技がいぶし銀です。

 

そして今回の見せ場は幸村とお江のシーン。幸村が世に出る機会を何とかして作りたいお江、家康を討つのは戦場のみ、兄・信之に類が及ぶのを避けたい幸村。ここで吐露される「戦で真田の名を上ぐるが本願」、これが幸村の本心なのでしょうね。

 

また今回、山中大和守が猫田与助に「一度、真田安房守に会うてみたいと思っていた」「いつまでも野心を抱いていて欲しい」と呟き、すぐに「忘れてくれ」と語るシーンがあります。ここも静かにグッとくるシーンで、敵としてやり合ってきたからこその言葉でしょうか。

 

土曜日の美女たち

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