ダイエットブログ

食べても痩せる 15kgのダイエット成功方法とは

*

もっと真田丸、真田太平記 34回 幸村最期の決意

スポンサード リンク

   


もっと真田丸、真田太平記 34回

 

江戸と大坂の手切れが噂される中、九度山の幸村の元を大野修理の使者が訪れます。予想通り「手切れとなった時は、お味方を」との要請。幸村は後日返事を差し上げると、一旦引き取ります。

 

 

その幸村を訪ねたお江は世情を告げ、更に上田と将軍家のただならぬ気配についても報告。「今わしが動けば、兄上を更に苦しめることになろうの」とポツリと呟きます。その幸村の元へ再び舞い戻った角兵衛。山中忍びとの繋がりを危惧する佐助ですが、幸村は手元に置いた方が目が届くと迎え入れます。又佐助に「真田忍びとのつなぎを密にせよ、隠密裏に上田(職人に)に甲冑を依頼せよ、角兵衛から目を離さず、いざとなったら殺してもよい」と告げます。

 

その頃家康は淀の使いの大蔵局、饗庭局と面会し、「大坂表で何事もなければ、大坂を咎めることはない」と明言し、2人を丁重に労ります。一方、片桐且元の元へ本多正純を送り、3つの条件の内1つを選べと迫ります。その条件とは「秀頼公を人質として江戸へ」「淀殿を人質として江戸へ」「豊臣家の転封」の3つで、大蔵局たちへの丁重さと余りにも違いすぎることから、片桐且元の裏切りが取り沙汰されることになります。

 

眠れない幸村の元を訪ねたお江、幸村はもはや家康は大坂を許すまいよと見切っています。「九度山へ来て15年、本来わしもここで果つる身じゃが、このまま何もせずに生きていくのはちと辛い。やるだけのことはやってみようと思うのじゃ」と本音を吐露、では安房守様のご遺志を継いで山を降りられまするなと喜ぶお江。「これは男としての欲じゃ。男が1人、この世に生まれて生きて、死んだ。その証を残してみたいではないか」こう語る幸村の眼は輝いています。

 

ep3404
画像参照:土曜日の美女たち

 

 

幸村の正室・於利世は子供たちと真田の忍びが営む店へ、嫡男・大助は上田の信之の元へと望む幸村たちの願いを拒否、家康の首を狙うという父・幸村と行動を共にすることを強く望みます。

 

その頃片桐且元暗殺が露見し、してやったりと家康は大坂攻めを決意。上田の信之は大量の赤備え甲冑の注文があったことを掴みますが、他言無用を貫きます。

 

10月2日、再び訪れた大野修理の使者に大坂城へ入ることを告げる幸村。その後真田忍びたちを前にことを告げ、「これは、わし1人のための戦じゃ」と離反を咎めないことを申し渡します。

 

ep3403
画像参照:土曜日の美女たち

 

上田にも将軍家から下知が下り、信之の嫡男・信吉を総大将とした陣立てが組まれます。信之は命により出陣せず、正室・小松殿は江戸へ人質へ。小松殿と語り合う信之の耳にも幸村の件は届いており、眼を光らせて語る信之。「わしは堪える。弟・幸村は勝ち目のない大坂方へ付くであろうが、弟の恐さを誰も知らぬ。狙いを一つに定めた者を敵にまわすと恐ろしいぞ」。

 

酒盃を持参した佐平次とも酒を酌み交わし、「九度山へ行った父上、弟のために、わしは何の力にもなってやれなかった。だから、弟のためにも堪えてみせる」。慶長19年の晩秋のことでした。

 

書きながら既に涙目、今回の見どころは何と言っても幸村がお江に心情と決意を語るシーン、そして信之が大坂に入る幸村を思い、そのためにも「堪えてみせる」と語るシーンです。語られることは多くはないのに、胸を打たれて涙するしかありません。

 

土曜日の美女たち

スポンサード リンク

 - 真田太平記 , ,

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


  関連記事

真田丸 もっと知りたい 真田太平記3 どうする、徳川と北条が手を組んだ

もっと真田丸、真田太平記 ③   信長亡き後の混沌の渦に真田家も放り込 …

もっと真田丸、真田太平記 44回 信之、真田家への幕府のお咎めが心配

もっと真田丸、真田太平記 44   大坂の陣から2年後、元和3年初夏、 …

もっと真田丸、真田太平記 37回 大坂城で戦いの始まり

もっと真田丸、真田太平記 37   慶長19年11月、真田丸が完成しま …

もっと真田丸、真田太平記 17回

もっと真田丸、真田太平記 17   朝鮮出兵から撤退、沼田では待望の男 …

もっと真田丸、真田太平記 31回 秀頼と加藤清正が大坂で面会

もっと真田丸、真田太平記 31   危機的状況に陥っていた丹波・昌幸は …

もっと真田丸、真田太平記 15 豊臣崩壊の予感

もっと真田丸、真田太平記 15   前回リハビリにいそしんでいたお江と …

もっと真田丸、真田太平記 26 関ケ原の戦い 西軍破れる

もっと真田丸、真田太平記 26   慶長5年9月15日早朝、深い霧が辺 …

もっと真田丸、真田太平記 21回 いよいよ関ケ原の戦い

もっと真田丸、真田太平記 21   徳川家康は「豊臣家に仇成す者」とし …

もっと真田丸、真田太平記 ①

真田太平記 第1回  若武者たち   画像参照:土曜日の美女たち &n …

もっと真田丸、真田太平記 42回 幸村死す 夏の陣

もっと真田丸、真田太平記 42   元和元年5月7日、幸村は毛利勝永と …