もっと真田丸、真田太平記 16 朝鮮出兵の失敗
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2016/08/28
もっと真田丸、真田太平記 16
肥前・名護屋の信幸の陣へ女子が生まれたとの報せが届き、喜ぶ昌幸、幸村たち。秀吉と家康のどちらに先に報告するかで親子の意見が分かれます。
家康への報告の後に訪れた秀吉の陣で、明が出て来た結果戦況が思わしくないこと、講和を検討していることが秀吉によって語られ、大政所の死を思い出した秀吉は泣き崩れてしまいます。そこに石田三成から「朝鮮で、秀吉軍が敗走中」の報せが。
画像参照:土曜日の美女たち
その後真田親子の話題は豊臣政権の行く末、その先に向かいます。朝鮮では「戦意なし、薬なし、食料なし」だという話から、豊臣政権に更なる打撃を与えるだろうとの分析が。
自然と「豊臣の後」の話となり、伊豆守・信幸が「豊臣の後は徳川家以外に考えられない、天下は狙って取れるものではなく世の趨勢で決まるものだ」との見方を示します。家康嫌いの丹波・昌幸ですら、これには同意を示します。丹波・昌幸、「いずれにしろ、真田は真田ということよ」とこの場を総括。
朝鮮出兵の失敗が現実のものとなりつつある中、上田留守居を命じたはずの角兵衛が勝手にやって来て、3人から叱責されたりもします。この樋口角兵衛は劇中狂言回しのような役を担い、この先更に真田家を引っかき回すことになります。
家族同然に思う角兵衛の前に、一人の男・重五郎が不穏に近づきます。重五郎は徳川家の草、山中忍びの手の者で、真田家及び真田忍びを狙う山中大和守の命令によって角兵衛をマークしていた草の者。
角兵衛の怒りにつけ込み、山中大和守や猫田与助に引き合わせます。その一方で、山中大和守は猫田与助にお江の殺害を命じます。
画像参照:土曜日の美女たち
その頃、お江は京の忍び小屋で体力を回復中。しかし「もう二度と外へは出られぬのでは」と気弱になっています。そこへ訪ねてきた又五郎から渡された、幸村からの書状。
あからさまに内容を書くことは控えますが、「我が家のために命を賭して働いてくれるお江が無事だと聞いて、愛おしく嬉しい」(意訳)これが、草刈・幸村の声で朗読されます。
草刈・幸村の語り口や声には惚れ惚れするものがあるのですが、この手紙の朗読の部分も本当に素敵で、お江への思いや心情が切々と胸に染み入ります。
又五郎とお江は上田へ向かい、お江は別所温泉で身体を癒すことになるのですが、弱気だった時とは表情も変わり、「生きていて、ようございまいた」と又五郎に語るお江は生きていることの幸せを全身で感じているかのよう。この辺りのお江の心情も、皮膚感覚でよくわかるのです。
画像参照:土曜日の美女たち
朝鮮出兵の失敗が不吉な影を落とす豊臣家ですが、淀の方が再び男子を出産、束の間雲が払われたかのよう。大坂へ戻った秀吉は「名護屋からの総引き上げ」を石田三成に命じますが、返す刀で「伏見城築城」を課します。三成の反対は瞬時に却下されます。
画像参照:土曜日の美女たち
ついさっきまで豊臣家の行く末に悲観的だった丹波・昌幸、「臣下が支えれば、あと10年は安泰だろう」と幸村に楽観的な予想を披露。
「徳川は関東に閉じこめられて、出られない」とも。そこに伊豆守・信幸が別れの挨拶に訪れます。昌幸は上田へ、信幸は沼田へ、幸村は大坂へ、それぞれ行く先はバラバラですが、「健吾にな」と別れの盃を交わします。
表だって亀裂は見えないものの、ここ数回で上田本家の昌幸、沼田分家の信幸と、明確に「分かれ」を認識している真田親子。信幸に子供が生まれ、秀吉にも男子が授けられたのにどこか地を這う不吉な予感。角兵衛の浅はかな言動と併せて、ページをめくる手を止められない(苦笑)回でした。
土曜日の美女たち
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